HISTORYヨコタの歩み

ヨコタの歩み=最大の強み

ヨコタエンタープライズが現在の事業を開始したのが2001年の10月、トラックドライバーの派遣事業でスタートいたしました。その後、2006年に一般貨物自動車運送業を取得しますが、当時弊社では運送業の経営の経験も無く、既にサブプライムローン問題が始まっていたことで大変苦戦致しました。
そんな中で2008年10月、追い打ちを掛けるようにリーマンショックが到来し、売り上げも半分に債務超過に陥りました。

月の売上は2000万円、毎月500万ずつキャッシュが消えていく。3000万円の融資に漕ぎ着けても半年しか持たない。打つすべなく幾度となく資金ショートの危機に直面します。その中で、社員一同が一丸となり会社を守る姿に、代表は多大なる勇気をもらいます。
以後代表は自らが『誰にも負けない努力をする、社内で一番働く』、社員一同に恩返しをする。その為に、『社員満足度NO.1』をめざし邁進すると決意します。以来、ヨコタエンタープライズは急速に業績を改善し現在に至ります。

業績の悪い時には、トラックは中古しか買えず故障も多く、結果コスト高に。資金力も乏しく求人コストも。全ては負のスパイラルに。
しかし、全力で業績改善をした結果、トラックは新車でまとめ買いできる、燃料、銀行金利も低減でき、求人広告も、結果すべてはプラススパイラルに。
当時では想像を絶する経営基盤を実施するに至りました。ヨコタエンタープライズの最大の強みは『無の強さ』といえましょう。
経験がない、資金力も無い、人脈も無い、無ければどうするか。無いことを悔やむのではなく、真剣に考える。そこから生まれる発想やアイデアこそがヨコタの財産であると考えています。

ヨコタエンタープライズのルーツ

代表取締役 横田成人が1997年に設立した弊社には、祖父の代から続く横田家のイズムが継承されています。社長室には若かりし頃の祖父 横田種一と父 横田俊男が仕事で活躍していたときの写真パネルがおいてあり、会社の励みと成り、支えとなっています。

横田種一は京都帝国大学(現京都大学)理工学部卒業後、神戸製鋼に入社。写真は1922年、後に社長となって神戸製鋼の発展に大きく寄与した田宮嘉右衛門氏とともに、2年間の世界一周視察を行ったときのものです。
横田種一はこの7年後に43歳の若さで逝去。遺品の中から「起業したい」という意志が綴られたノートがでてきました。

この思いを引き継いだ横田俊男は、第二次大戦から帰国後の1948年に「ヨコタ工業(現ヨコタハウス)」を立ち上げました。リヤカー1台で溶接機械を扱う仕事から始めた同社は、工期を大幅に短縮できる「ユニットハウス」を発明し大ヒット。県内でも有数の建築会社に成長しました。この写真は、1961年に全米住宅建設業者協会の専務理事が視察に訪れたときのものです。そんな横田俊男が掲げていた目標が、「自分の会社を上場したい」という思いでした。

それら代々受け継がれてきた思いがいま、横田成人に引き継がれています。

HISTORY OF YOKOTA

沿革

2001年4月 ヨコタエンタープライズ 物流事業参画に向け営業開始
2001年10月 ドライバー派遣を主としたアウトソーシング事業開始
2004年7月 春日井市中央台 仮事務所(登記上:名古屋市中区上前津)より愛知県西春日井郡西春町九之坪寺領48に本社移転
2005年9月 一般貨物自動車運送業 取得
2006年1月 大型トラック3台取得により一般貨物運送事業開始
2006年5月 豊田市田籾交差点角地 車庫用地(1200坪)取得
2009年9月 北名古屋市鍛冶ヶ一色池田129に本社移転
2010年6月 製造部(アウトソーシング事業)開設
2010年10月 資本金4,700万に増資
2013年4月 本社住所変更、愛知県北名古屋市鍛冶ヶ一色東一丁目124番地
(2013年4月27日より土地区画整理による町名番地変更)
2015年1月 埼玉県 三郷営業所開設
2016年1月 株式会社ヨコタロジスティクス中京 愛知県みよし市に開設
2016年2月 千葉県 市原営業所開設
2016年4月 株式会社ヨコタ建築コンサル 設立
2016年10月 岡山県 岡山営業所開設
2016年11月 愛知県名古屋市 本社移転
2017年7月 埼玉県 関東配車センター開設
埼玉県 関東事業所開設
神奈川県 神奈川営業所開設
2017年11月 茨城県 古河オフィス開設
2018年2月 愛知県 刈谷オフィス開設